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2017年4月20日 (木)

三菱重工の原子力事業戦略の変遷

アメリカの原子力政策のもとで
 1955年、日米原子力協定調印。その後の改定や新しい協定の調印によってアメリカから日本への濃縮ウランの提供などが取り決められ、アメリカの原子力政策のもとで日本の原発建設・運転が進められました。

三菱重工の原子力事業始まる
 3重工が合併して三菱重工が発足したのは1964年。それより前の1958年に三菱25社が共同出資して三菱原子力工業(MAPI)を設立。1961年にMAPIはウェスチングハウス社(WH)と技術援助契約を締結。1967年に関西電力が美浜1号機を発注し、その主契約者は1次系がWH、2次系がMAPI、三菱重工は格納容器・タービン・据付などを担当(三菱重工業社史より)。
 1969年になると三菱重工はMAPIから原発に関する営業権の移管を受け、1970年には三菱重工が初の主契約者となって関西電力から高浜2号機を受注。その後、三菱重工は日本で原発メーカーの第一人者として原発の建設と輸出の道を進みます。しかし、1975年頃にはアメリカと日本で原発建設の需要減退が始まり、1979年にはスリーマイルアイランドで、1986年にはチェルノブイリで原発事故が発生し、ヨーロッパでも原発への見直しが進むことになりました。

「原子力ルネッサンス」と活気付く
 ところが、21世紀に入って、新興国での電力需要や地球温暖化対策を背景に再び増加する様相を見せ始め、原発推進勢力は「原子力ルネッサンス」と言って活気付きました。2006年には、経済産業省が「原子力立国計画」を策定し、国内だけでなく官民一体の原発輸出を目指すことになります。この年、東芝は巨額の資金を使って、三菱重工と密接な関係にあったWHを買収。三菱重工はフランスのアレバと、日立製作所はアメリカのGEと提携関係を強めることになります。
 
三菱重工は「原子力総合カンパニー」を目指す

 三菱重工の2008事業計画(2008年4月)は、「重点施策」の一つに「世界をリードする『原子力総合カンパニー』の実現」をかかげ、「燃料、プラント建設、保守、燃料サイクルに至るまで、原子力事業の全てに対応」するとして次のような方針を打ち出しました。
 ・世界戦略炉のシリーズ展開
  (大型戦略炉を欧米で、中型戦略炉を東欧・アジアで拡販などの方針でした)
 ・AREVA社とのATMEA1開発
  (ATMEA1は、AREVA社と三菱重工の合弁会社であるATMEAが中型戦略炉として開発。まだ契約ゼロです)
 ・FBR開発で世界をリード
  (FBRは、高速増殖炉。楽観的な方針をかかげましたが、「もんじゅ」は廃炉になり、難航しています)
 
原発は経済的に成り立たず

 原発推進勢力が「原子力ルネッサンス」と言っても、すでに原発は経済的に成り立たなくなっていました。原発大国アメリカにおいて新規の原発建設が停滞しており、その背景には、火力発電のコストが十分に安価になっていること、電力需要の伸びが鈍化すると見通されることを、日本エネルギー経済研究所の村上朋子氏は東日本大震災の前に発行した著書「激化する国際原子力商戦」の中で述べています。
 東日本大震災における福島原発事故によって原発の危険性が世界的に再認識され、原発建設の停滞傾向はさらに深まりました。

それでも推進?
 福島原発事故後も、原発メーカー3社(三菱重工、東芝、日立)は原子力事業を推進しました。
 三菱重工は、福島原発事故から1年余り過ぎた2012年6月の原子力事業本部事業説明会においても、「世界をリードする『原子力総合カンパニー』」をかかげ、原子力事業の受注目標を、2012年度:2,100億円、2014年度:4,000億円、中長期目標:6,000億円としました。
 しかし、現実はそうなっていないことにやっと気がついたのか、2015年6月のエネルギー・環境ドメイン説明会では『原子力総合カンパニー』という字は消えて、次のような控えめな方針になりました。
 1.再稼働への貢献
 2.トルコ・ベトナムプロジェクト推進
 3.軽水炉デコミプロジェクト室設置
 (注:デコミとは、廃炉/Decommissioning furnace)

三菱重工が現在かかげている原子力事業戦略
 その後も再稼働はなかなか進まず、ベトナムの原発建設計画もなくなります。
 三菱重工が現在かかげている原子力事業戦略は2016年6月のエネルギー・環境ドメイン事業戦略説明会で出されたもので、次のようになっています。
 ・国内プラントの再稼働支援
 ・海外プロジェクトの推進
 ・原子燃料サイクルへの対応
 ・東電福島第一の安定化支援
 ※SONGS仲裁申立への対応
 海外プロジェクトとして今進められているのはトルコのプロジェクトのフィージビリティスタディ(事業の実現可能性調査)のみです。
 SONGS仲裁申立とは、米国サンオノフレ発電所の損害賠償請求に関するもので、その結果は三菱重工の言い分が認められて約141億円の支払いですみました(需要なお知らせ 2017年3月14日)。
 原子燃料サイクルについては、国策である高速炉開発に中核企業として参画するものです(前回のブログ)。
 前年にかかげた「廃炉」については何も書かれていませんが、これから実作業が進むのではないでしょうか。
 
アレバへの出資

 フランスのアレバ社はフランス政府が資本の大半を出資している世界でトップの原子力事業会社で、三菱重工と合弁会社アトメア社を設立して中型戦略炉・ATMEA1を共同開発しました。しかし、世界的な原発建設の停滞を受けてアレバ社は経営危機に陥り、支援を求めていました。それに応えて、三菱重工は約2億5,000万ユーロの出資に合意しました(ニュースリリース 2017年2月3日)。
 これについて三菱重工の宮永社長は次のように述べています。「当社は事業を続けていく。国のエネルギー安全保障という意味でも長期的に必要な事業と考えている。安全性を追求しながら、原子力のコア技術を維持しておくことが重要だ」。「アレバとは燃料などで長く協力関係にあり、日仏友好にも資する。中型原子炉『アトメア1』は合弁会社でアレバと共同開発し、人的資源も多く割いている。アレバが持つ世界市場の販路により、ビジネスチャンスを安定して増やせることも大きい」(2017年4月15日 日経)。

 社長は「原子力事業を続ける」と言っていますが、具体的な展望を示すことができていません。三菱重工がかかげていた「世界をリードする『原子力総合カンパニー』」という看板も降ろしました。三菱重工の原子力事業戦略は狙いどおりには進まなくなっています。

    日本共産党三菱重工広製支部 2017年4月20日

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